高校時代から、学校へ行く代わりによくアルバイトをしていました。学校とは違い、無遅刻無欠勤で残業もほぼ毎日こなし、店長のような仕事も任されるほどでした。
この頃から経営のおもしろさを感じ、私は高校を中退して、アルバイト先に入社することを決めました。
入社した会社はディスコを運営する事業を行なっていましたが、私は、新規事業である魚屋の担当をいい渡され、右も左もわからないまま、鮮度が命の魚を扱うことになり、怒られてばかりの毎日を過ごしていました。しかし、そういつまでも怒られてばかりもいられないので、朝の4時から市場に通い、現場で仕事を覚えました。入社してから5年が経ち、料理から仕入れ、サービス、何でもできる状態になりました。以前社長に、5年経てば起業できるといわれた事もあり、社長に、「そろそろどうですか」と起業の相談を持ちかけたところ快諾。とうとう私はディスコの経営を任される事になったのです。
私は、ディスコやクラブの最先端を学ぶためにアメリカへ行きました。しかし、当時の日本にはそれが合わず、結果的には任された店を潰すという失敗を犯すことになってしまいました。それでも私はこの経験を活かそうと四苦八苦しながらも努力を重ねました。そして、社長にもう1度チャンスを欲しいと頼んだことが、私にとってターニングポイントになったのです。かくして理解のある社長のおかげで、私は現在のふぐ料理店を起業するにいたりました。
成長するきっかけを与えてくれた社長に感謝すると共に、今度は恩返しをしたいと考えていますが、直接社長に対して恩返しをするよりも、若い社員達に、同じように成長できる環境を作っていきたいと考えています。そして誰もがもっと気軽にふぐ料理を食べられるような文化を定着させたいと思っています。やることはまだまだ多いですが、皆さんにも仕事のやりがいや充実感を一緒に味わっていただければと思っています。









