生まれて間もないとき、父親の営む不動産会社が好調で、裕福な暮らしをしていました。ところが私が物心ついた頃には経営不振に陥り、やがて倒産。四畳一間の風呂なしのアパートに住み、給食費も払えないほどの極貧生活を送っていました。
中学生になったとき、負債だらけの家計を少しでも助けようと働き詰めだった母親が胃がんで倒れ、ほどなく他界。失意のなか、次第に精神的に荒れた生活を送るようになりました。
高校生になった私は、職を失い働かなくなった父親とよく口論になり、ある日カッとなった父から包丁で腕を切り付けられました。このとき、初めて自分を振り返り、このまま人生が終わってしまっていいのかと激しい恐怖感に襲われました。これをきっかけに、このまま成り下がるのではなく成り上がっていこうと奮い立ちました。父は再び会社を興すことに躍起になっていました。残念ながら上手くいかず、ついに蒸発。私は孤独の身となってしまいましたが、猛勉強の末、宅地建物取引主任者の資格に一発合格。その後、不動産会社に就職しました。
右も左もわからず苦労もしましたが努力が開花し、22歳で年収2,000万円を超え、課長に昇進することができました。画一的で独創性のない自社マンションに疑問を持ち、欧州諸国に見られるようなデザイン性に富んだワンルームマンション創りがしたいと直談判しました。しかし、まったく相手にされず、あえなく却下。そこで自ら会社を作ってみようと思い立ち、当時の部下を引き連れて起業することにしました。
会社を設立して4年目、役員全員の反対を押し切って、大きな規模のプロジェクトを進めました。当時の売上は57億円。70億円の仕入れをするということは、社運を賭けた大変な決断でした。周囲の同意を得られず心苦しいものがありましたが、自分の直感を信じて正解でした。このプロジェクトの成功によって、当社の業績が飛躍的に伸びました。今後も日本を代表する総合不動産企業に成長させたいと思っています。










